日々綴る、庭ブログ

砂利だらけだった小さな庭を地道に作っています。

自分の居場所

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(去年のビオラ) 
 
 
 人がガーデニングに向かう理由はそれぞれにあると思う。でも多分だけど、多くの人がそこに自分だけの居場所を作りたいんじゃないかな、と思う。例えば、満たされない自分を救う場所。
 
私の場合は子どもが2歳と0歳で新居に移ったタイミングだったけど、育児で弱ったメンタルの為に始めた気がする。始めたというよりも気がついたら庭にばかり気が向いていた。イライラして仕方ないときは泣く子どもを放ってでも、ひとりで庭に出て深呼吸した。そんなことは今までに数えられないほどしている。虐待するより断然マシだと自分では思ってる。
 
庭には自分というものが投影されていると思う。ポール・スミザー氏が著書の中でだったか「庭を見れば、その人がどんな人か分かる」と仰っていた。私は自分に自信のある方では決してないのだけど、自分の庭をブログで晒しているのだから、私がどんな人間かをみんなにバラしているのかな?
 
このブログの読者の中には現実での私を知る人も数名いる(今も読んでくれているかわからないけど)。だからと言っては何だけど、ある意味自分をセーブして書ける。「実際と全然違うじゃん」と言われないで済む。虚飾はないし。私は嘘やお世辞が嫌いなので、多分初対面には素っ気なく、人見知りも多く、慣れない人と話すのは苦手。だからスルメのようによく噛まないと私の味は分かってもらえない。(そこ、笑うとこじゃない)
 
庭では植物に話しかけてもうるさく返ってこないのが良い。嘘がない。天秤座は「正義」と「対等」を大事にするんだって最近知った。ああ、本当にその通りだと思う。それで7割くらい形成されてるかも、って思うくらい。だから庭もそんな感じかな。
 
ガーデニングって、植物の命を扱ってますよね?動物みたいに動かないから、植物の命は軽く見られがちだけど、命があるんだよね。引っこ抜かなきゃならなくなった時は「今までありがとう」って言うようにしています。冷血にどんどん抜くけど、言うようにしています。
 
植物に話しかけるのは、人の目もあるし、なかなか勇気のいることかもしれないけど、そういう時は葉っぱを触りながら心の声をかけたらいいと思う。「きれいな花を見せてね」とか「元気ないけど大丈夫?」とか「今日は嬉しいことがあったよ」とか。たまに返事が聞こえる気がする時もあるし、ただただ黙りのこともあるし。でも、その行為自体が自分を癒して埋めていってくれる気がする。植物の癒しの力はとても大きいと思う。
 
 自分の心が幸せって思えることが大事なこと。自分の中が空っぽにならないように満たしていくのは大切な作業。庭に救われてきた人間として、思うことでした。