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日々綴る、庭ブログ

砂利だらけだった小さな庭を地道に作っています。

ベランダーと、命

「ベランダー」って知っていますか?
ラベンダーじゃないですよ、ベランダー。

「ベランダー」とは、いとうせいこう氏による造語で、庭を持つガーデナーではなく、ベランダで園芸する人のことを言います。
最近、ベランダーに関する本を読みました。面白かったです。



私も前のアパートのベランダで、トマトと枝豆を育てたことがあったなぁ。
他にも植物を育てていた記憶がうっすらとあります。
でも狭いベランダでは室外機の排気で、植物達は夏になるとすぐダメになりました。
なので少しはベランダーの大変さも分かります。
ベランダーはとっても厳しい条件下で植物をこよなく愛しているんですよね。

そうそう、今、BSプレミアム「植物男子 ベランダー」(NHKへリンク)というドラマを再放送しています。録画して観ていますが面白いです。
これも、いとうせいこう氏の著書が原作なので、図書館で予約中。



さて読み終えたこの本で一番しっくりきたのが、巻末にある園芸家の柳生真吾さんとの対談でした。

いとう:俺も子どもの頃、トンボをよく捕って、あまりに捕りすぎて網の隅にびっしり固まってさ。そんなことしてたもんね。指でトンボの頭を飛ばして、そのまま離して飛べるかなとか試してみたり。 でも、大人になったらなんであんなことしたんだろうって思うようになって、もう二度としないもんね。


はっとしました。 ガーデニングをするようになって、というかしていないころでも、私は昔のある記憶がよくよみがえっていたんです。

小学生低学年くらいのこと。 家の狭い庭で、プリンカップにダンゴムシをたくさん捕まえては前の川に流していたことや、蟻の巣に色んな液体を流し込んで壊滅状態にさせていたこと。

その頃しかそんなことはしていませんが、今でも庭のダンゴムシを見ると「あのときはすまなかったねぇ・・・」と思います。 そして私はなんであんな酷いことをやっていたのかなぁ、となんとなーく自分を責めていたんですが。

柳生:うん、二度としない。多分ね、いくら殺しても子供が生物を絶滅させたことってないと思うの。むしろ、そういうことをしたことがない人が、何か大きなことをして絶滅させちゃうんじゃないかな。だったら、小さな出来事かもしれないけど、子供の時たくさん残酷なことした方がいいと思うなぁ。


そうすることで、死について考えるようになるし、自然界の残虐さ(カマキリがバッタを食べるところとか)や交尾や子供を産むなどについて、背けずに子供に見せた方がいい、ということでした。
確かにそれは自然なことなのに、今は何でもかんでも、かわいそうだとか言って、そういうことから子供たちを遠ざけすぎている気がします。

先日うちの庭で、羽が片方折れたトンボが地面でジタバタしていました。
その後に死んでしまって、雨が降って出来た水たまりの中にいました。
長女は「トンボさん、死んでるね」と言って、それから毎日、庭に出る度に死んだトンボのことを気にかけていました。

その前のほんの一時期は動いていないものを見ただけで「あの猫死んでるね」などと言っていましたが、今はもう言いません。
「死んでる」と「死んでない」の違いがちゃんと分かったかな?
庭には毛虫やカエルや蜂など色んな虫がいて、生きて死んでいきます。
植物も、育つし、枯れるし。 枯れても、残念だけど、まぁ仕方ないかって思います。
いとうさんもそういうスタンスの人で。

柳生:園芸とかペットの世界って命を見取るためにあるジャンルなんじゃないかと思う。ほかにないもん、こんなジャンルって。


親が子どもにしてあげられることなんて、ほんの少ししかないけど、命について触れさせてあげられているような気がしました。

私と庭にたくさん出ていたことで、将来、植物好きになってくれたらいいなぁ。
私が植物好きなのも、母と庭で色々植えていたからだと思うし。

今日もまた雨です。 これから傘さして庭へ出てきます。では。